武蔵今昔

むさしDEアート

まちかどのアート編
武蔵ヶ辻を見守るシンボル

■武蔵ヶ辻を見守るシンボル

武蔵ヶ辻交差点エムザ側と旧ダイエー側の角に向かい合う2体の彫刻が設置してあるのをご存知ですか?

「金沢まちなか彫刻」のひとつで、街にアートを感じ、魅力あふれる都市空間を創出するためのものだそうです。 2体とも女性の裸体をモチーフにした素晴らしいものですが、道行く人はその存在にあまり気付いていないように思えます。特にエムザ側の作品は植え込みの中にあって道路に向いているので作者が誰かも確認できない状態です。これは、スカイビルのシンボルとして設定されたためビルを背景に道路に向いているもので、交差点のスクランブル化への願いもこめられているそうです。交差点をはさんで向き合う旧ダイエー側の作品はまさにスカイビルを仰ぎ見るようなポーズになっています。

この2体は同じ作者により制作されたものです。作者の矩幸成(かね・こうせい)氏は明治36年金沢市生まれで、金沢美術工芸大学の教授や日展評議員を務められた方です。矩幸成氏の作品は武蔵西交差点にも1体展示されています。

武蔵ヶ辻を見守るシンボル

写真でたどるむさしの歴史

武蔵ヶ辻交差点

大正6年 昭和6年
大正6年当時の写真 昭和6年当時の写真
   
現在の写真 モノクロ写真は大正6年と昭和6年の武蔵。いずれの時代の写真にも「官許金澤青草辻近江町市場」の標識が変わらず立っているのが武蔵の歴史を感じさせます。昭和6年の写真でひときわ目をひく大きなビルは前年に建てられた地上5階の「武蔵ビル」(後年の丸越ビル)。当時は三越が出店しており、昭和10年の三越撤退後は丸越となりました。

尾張町界隈

明治末期  
明治末期の写真 現在の写真
武蔵から尾張町にかけての北国街道沿いは金沢の経済の中心地として栄えた場所で、大店が軒を連ねていました。モノクロ写真は明治末期のもの。風格漂う老舗の店構えとたくさんの電柱の組み合わせがユニーク。道行く人の姿も着物もあれば洋装もありで、変化の時代を物語っています。

彦三大通り

昭和6年  
昭和6年 現在の写真
まっすぐに伸びた通りは昭和2年の「彦三の大火」の後、昭和3年に開通した彦三大通り(写真は昭和6年)。平坦で広い道を自動車や自転車が行き交い、道の両側にはコンクリート造りの大きなビルが並んでいます。歩道とプラタナスの街路樹は金沢で初めて導入されたもの。経済の中心として繁栄した武蔵の歴史を物語る1枚です。